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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)169号 判決

一 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1 まず、原告は、第一発明に関する審決の判断について、審決は、第一発明における黒液が珪酸分を一〇~一〇〇g/l含有しているものであるのに対し、引用例方法は、珪酸分を四~六g/lしか含有しない黒液を対象としている点の相違を看過した旨主張する。

前記第一発明の特許請求の範囲には、珪酸を沈澱分離しようとする黒液については、単に「禾本科植物を原料としてアルカリ法蒸解により得た水に可溶性の珪酸塩を含有する黒液」と記載されているのみで、禾本科植物の種類や黒液中の珪酸塩含有量は特段限定されていない。また、成立に争いのない甲第二号証の二、四によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「黒液の珪酸の含有量は一〇~一〇〇g/lが望ましい。珪酸の濃度が一〇〇g/lより以上の場合は高粘度となり反応の不完全性や操作の面で支障をきたし、他方一〇g/l以下の濃度が低い場合は処理費用が高価となる。例えば稲ワラの場合は一〇~一二%の珪酸を含有するが、バガス、麦ワラ、芦等は含有量が少ないので黒液を反復して蒸解に使用し珪酸塩濃度を増加させてから分離すればよい。」(第八頁三行ないし九行)との記載の存することが認められるが、右の記載も珪酸分が一〇~一〇〇g/lであることが好ましいとしているだけで、第一発明における黒液中の珪酸分を原告主張のごとく限定して解すべき根拠とはなしえない。一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例の珪酸分除去法において用いられる黒液も、バガスのような珪酸分含有量の高い禾本科植物を主原料とするアルカリ法パルプ廃液であることが明らかである。したがつて、第一発明における黒液と引用例方法のそれとは珪酸含有量について相違するものとはいえない。

この点の原告の主張は理由がない。

2 次に原告は、第一発明は、顔料として使用できる条件を具備したゲル状の形態で珪酸を黒液から分離する技術であるから、顔料として使用できない形状の固体粒子分として珪酸を回収する技術である引用例方法から容易に推考しえない旨主張する。

前記第一発明の特許請求の範囲の記載には、「微細な粒子が均質で構造性を有するように充分なる時間をかけて珪酸を沈澱せしめて分離し」とあるだけで、第一発明における珪酸が顔料として使用できる条件を具備したものに限定されると解すべき記載はない。

そして、その珪酸の構造性や均質性の意義を本願明細書についてみても、前掲甲第二号証の二・四によると、発明の詳細な説明には、珪酸粒子が構造性を有し、かつ均質である旨の特許請求の範囲の記載と同程度の記載しかなく、第一発明の珪酸が、従来公知の珪酸に比べて、構造性と均質性をもつという点でどの程度相違し、その結果どの程度優れた効果を奏するのかなどについては全く記載がない。したがつて、特許請求の範囲に粒子が均質で構造性を有するようにと表現されていることのみをもつて、第一発明における珪酸粒子が顔料を指すものと解すべき根拠とはなしえない。そもそも、前示のように第一発明に係る特許請求の範囲には、顔料として使用すべき珪酸のみの製法であると限定的に解すべき記載がないうえに、第二発明にあつては、前記のように特許請求の範囲の記載上「顔料として有用なる白色の珪酸微粉末の製造方法」と規定し、第二発明が顔料としての珪酸の製法であることを明確にしていることに徴しても、第一発明は一般的な珪酸の製法を規定したものと解するのが相当である。

ちなみに、原告が顔料の一要件として触れる珪酸の粒子径について第一発明をみるに、前記のように特許請求の範囲には、「微細な粒子」とするだけで粒子径については何ら規定されていないし、前掲甲第二号証の二・四によれば、本願明細書には、一般に顔料の粒子径は、〇・三μ以下であることが要求され、本願発明はこの条件を具備している旨の記載があるものの、これはあくまでも第二発明が対象としている顔料に関する記載であるから、一般的な珪酸の製法として理解すべき第一発明における珪酸の粒子径を〇・三μ以下であるとする根拠となりえないのは、いうまでもない。

したがつて、第一発明が顔料として使用できる条件を具備したゲル状の形態で珪酸を黒液から分離する技術であることを前提とする原告の主張は理由がない。

3 更に、原告は、引用例方法においては反応の当初に空気酸化を行うのに対し、第一発明では空気酸化を行わない点の相違を主張して両者は基本的に技術的思想を異にする旨主張する。

前掲甲第三号証によれば、引用例においては、実施例に関する説明のうちに「この黒液に空気を吹込み、酢酸鉛反応の消失する点で酸化終了を指示した。」(第四欄三二行ないし三四行)と記載されているだけで、空気酸化を行う理由については直接明記されていないけれども、成立に争いのない乙第二号証(昭和三三年二月二〇日、日刊工業新聞社発行「新化学辞典」)によれば、本願出願前から酢酸鉛反応は硫化物の検出に用いられていたこと、及び成立に争いのない乙第三号証(昭和四五年三月三日株式会社東京化学同人発行、化学工学協会編「化学プロセス集成」)によれば、本願出願前から硫化物を含有する黒液の場合には、悪臭、装置の腐食などを防止するために空気酸化によつて硫黄分を除去していたことがそれぞれ認められ、これら技術常識を総合すると、引用例方法にあつては、硫酸塩法により得られた黒液であるからこそ空気酸化を行つているものと解される。この点に関し、成立に争いのない乙第七号証(昭和三九年三月一五日初版、同五二年二月一日増訂第一一版、工学図書株式会社発行、村井操・中西篤共著「製紙工学」)によれば、アルカリによるパルプの製法には苛性ソーダのみで蒸煮を行う苛性ソーダ法(通常は単にソーダ法という。)と補給薬品に硫化ソーダを用い、NaOHとNa2Sとの混合溶液で蒸煮する硫酸塩法の二つの主要な方法が、本願出願前周知であつたことが認められるので、第一発明は、その特許請求の範囲の記載及び前掲甲第二号証の二・四によると、その明細書の実施例(1)のアルカリ剤が苛性ソーダのみであることからみても、硫黄系試薬を使用しない前記周知の苛性ソーダ法を予定していることは明らかであり、苛性ソーダ法により得られた黒液に対して硫黄分を除去するための空気酸化を行わないのは当然のことである。したがつて、空気酸化工程の有無は、使用する黒液の組成に基因する当然の相違にすぎないから、原告のこの点に関する主張は理由がない。

4 また、原告は、第一発明では反応終結時のPHが八~九でなければならない旨主張する。

しかしながら、第一発明に係る特許請求の範囲には右の点を規定する記載はない。前掲甲第二号証の二・四によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「反応混合物の終点のpHは少なくとも八以上になるようにする。」(第七頁下から三行ないし二行)、「沈澱した珪酸を除去した後のpHは九であつた。」(第一二頁下から四行)との記載のあることが認められるが、他にpHを八~九とすることの臨界的意義について触れた説明は見出せないので、右の記載のみによつて第一発明のpH条件が原告主張のごとく限定されたものと解することはできない。

したがつて、反応終結時のpHが八~九であることが第一発明の要旨に含まれていることを前提とする原告の主張は理由がない。

5 以上のとおりであるから、第一発明について引用例方法の記載から容易に推考しうるものとした審決の判断には誤りがない。そして、第一発明について拒絶理由があるときは、特許法第四九条の規定によつて、第二発明を含めた本願特許出願を全体として拒絶すべき旨の査定をしなければならないから(東京高裁昭和四九年(行ケ)第九七号事件判決・昭和五二年一二月二三日言渡・無体集九巻二号六一二頁、同昭和五〇年(行ケ)一〇七号事件・昭和五四年三月二二日言渡・審決取消訴訟集四二五頁、同昭和五一年(行ケ)一七号事件・昭和五四年一〇月三〇日言渡・審決取消訴訟集三四七頁参照。)、第二発明に対する判断の適否を検討するまでもなく、審決には、その結論に影響を及ぼすべき取消事由はないというべきである。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四五年八月二二日、名称を「珪酸塩含有パルプ蒸解液の珪酸塩回収方法」(のちに「珪酸塩含有アルカリ法パルプ黒液より珪酸系顔料の回収製造方法」と訂正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭四五年特許願第七三一六三号)したが、昭和五一年五月二六日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、昭和五一年七月七日、審判を請求し、昭和五一年審判第七〇六六号事件として審理され、その間、昭和五二年二月一〇日付の手続補正書によつて特許請求の範囲の記載を訂正したが、昭和五五年四月二三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決あり、その謄本は同年五月二一日原告に送達された。

2 本願発明の要旨(特許請求の範囲)

(1) 禾本科植物を原料としてアルカリ法蒸解により得た水に可溶性の珪酸塩を含有する黒液に酸性溶液を添加して珪酸を沈澱せしめる方法においてアルカリリグニン塩を沈澱せしめないようにアルカリ性に保持して黒液濃度、含有珪酸塩濃度、黒液のpHにより添加する酸性溶液のpH、添加量、添加速度及び反応温度に留意して微細な粒子が均質で構造性を有するように充分なる時間をかけて珪酸を沈澱せしめて分離し水洗して附着物を除去する。

また黒液に石灰水を添加して加熱し珪酸カルシウムとして沈澱せしめて分離したのち水洗して附着物を除去する。

珪酸カルシウムと水に可溶性の塩を生成する酸性溶液を添加し泥状体をpH五~七に保持して珪酸を沈澱せしめる(以下「第一発明」という。)。

(2) 珪酸に過酸化水素水と塩酸などの揮発性の酸を添加してpH五~六に調節して煮沸し珪酸に附着した有機物を除去する。

またpH五~六にて塩素を含有するソーダの溶液と加熱して有機物を除去してpH五~七の溶液にて処理し乾燥して得られる顔料として有用なる白色の珪酸微粉末の製造方法(以下「第二発明」という。)。

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